迷える仔羊はパンがお好き?
  〜聖☆おにいさん ドリー夢小説

     5



出だしの空梅雨催いを払拭するかのごとく、
実は 台風に後押しされてながらも、
結構…という以上の大雨が降った今年の梅雨の、
今は微妙な中休み。
夏を迎える準備をしつつ、
夾竹桃やらビワ、地に這うは逞しいドクダミの下生えと、
色濃い緑の各種も徐々にお目見えの頃合いで。
管理人の松田さんチでは、
駐車スペース側のポーチ部分へプランターを出して、
お孫さんが種を分けてくれたという朝顔を育てていらっしゃり。
あんまり見惚れると いつぞやみたいに
見る見るうちのあっと言う間に満開にしかねぬからと。
丹精込めてらっしゃるの、知ってはいるけど褒めにくいねとは、
ブッダの苦笑交じりの言であり。

 かように、奇跡と縁深い存在であらせられるものだから
 こたびもまたまたややこしい騒動が
 静かに静かに持ち上がってしまっておいで。



ひょんなことから、パン職人の、しかも匠と誤解されてしまい、
夢を諦め切れない佃煮名人、
平たく言って、某 家出娘さんの弟子入りを、
半ば許してしまった師匠こと、神の御子、イエス様だったれど。
根本的な問題として、パンなんて専門的なもの焼いたこともなく、
彼女さんが感動したパンというのは、
実は…奇跡によって食器が転じたという代物に他ならず。
気がつきゃ、今更 何をどう違うとも言い張れぬような展開になっており。

 『わたしを弟子にしてくださいっ!』

一体 どこでどう間違えたものか。
彼女のパン職人への夢へ同情しちゃったもんだから、
引くに引けない雰囲気があったせいだろか。
それとも
“実は手品師なんですよ”とさらり言い出せようほどの、
機転というか開き直りというかが繰り出せぬ、
浮世への適応不足がここでも祟ったか。
そんなこんなもあろうけど、
やっぱり のっけにどひゃあと浮足立ってしまったのが敗因だろうねと、
反省したってもう遅い。
自己流なりの修行を継続中の彼女さん曰く、
それは見事なパンを、
しかも、
結構 手間暇の要る“仕込み”の気配もないままに。
恐らくはキッチンにあった汎用“石窯スチームオーブン”で、
量産しているイエス…ということになっているようで。

 もしかして本当に 実は名うての職人であれ、
 そんなの知らないと突っぱねたっていいんすよ、とは
 気のいい弟子からの、やや遅すぎる忠告だったりしたもんで……。




 「じゃあ、今日は
  ヴィラスーラ平原を走って来ようか。」

 「………はい?」

他の口説ならいざ知らず、パンを焼くということに限っては、
そんな専門的な技術なんて持ち合わせがないゆえに、
人を教える立場になんてないことと。
じゃあ、あの見事なパンは
どっから出て来たっていうんでしょうかと問われても、
種明かしをする訳には行かない立場であることとの鬩ぎ合い。
どう考えたって請け負えはしない“弟子入り”の話、
こうなったらば、さんの側から諦めてもらおうという、
いささか消極的ながら、
どこにも角を立てたくはない最聖人様たちが
何とか絞り出した作戦は、

  さながら

急に持ち上がった見合いの話を、
でもでもこちらからは立場上断れなくて。
それで向こうから断ってもらうべく、
嫌われるの目的で 行儀悪く振る舞う妙齢のお嬢さん…という、
一昔前の吉○新喜劇ばりのシナリオではあったが。(こら)
小さき人を傷つけること、根本的に恐れる彼らだからして
そこはしょうがないのかも。

 『ともかく、
  君に師事しても何も教えてもらえそうにないと
  彼女の側から諦めさせるのが目標だからね?』

 『えー? 何かそれって難しいなぁ。』

そりゃあ、初心者のころは
教えの布教にと路傍に立って説法しても
誰も耳を貸してはくれなかったけど。
それでも諦めないで信念でもって布教を続けて来た身だというに、
今更、今度は関心を持たれないように振る舞えと言われてもねぇと。
困ったことを言うねぇとばかり、眉を顰めたイエスだったのへ、

 『…別に私は構わないのですよ?』
 『う……。』

微妙に声のトーンが変わったブッダであり。
あと三つしかありませんよの
仏のお顔の残り数カウントダウンが始まったと素早く察し。
女子高生みたいに“え〜?”と煮え切らない駄々をこねかけていたものが、
あわわと姿勢を正したイエスだったのは言うまでもない。
日頃は慈愛の塊のようなブッダだが、
何かの拍子、スイッチが入ってしまうとそれはもうもう、
柔軟大胆にして奔放なイエスでさえ、
小動物レベルで萎縮し臆病になってしまうほど、
そこはそれ、あまりに恐ろしい激高を発揮するとのことだけに。
判りました頑張りますと、
今だけは釈迦如来様のお弟子になったかのよに、
反駁許されぬ空気に従い、
了解でございますとのお返事かえして実行に移された大作戦。

 「ヴィラスーラ平原って…。」

どう聞いても横文字だろう微妙な地名。
どう考えてもここいらのご近所ではないだろうそれを、
やや呆気に取られつつ、何ですてと聞き返したさんだったのへ、

 「あれ? 知らないかな。
  デーモン・ハンター オンラインの舞台だよ?」

そこまでは修行僧のような厳かなお顔でいたものが、
打って変わってにこりと笑い、
日本へ上陸したてのスィーツでもオーダーするかのような
楽しげで快活なノリでもって口にしたイエス師匠だったりし。
恐らくは、
一世を風靡した
“モン○ター・ハンター オンライン”が
モデルなのだろうと思うのですけれど。
実は私、やったことがありませんでね。
訊いたところに拠りませば、
ウェブ上に展開されている広大な山野というマップの上で、
大小さまざまに生息するモンスターたちを、
単独、若しくはチームプレーで退治し、
賞金を得たり、そのまま売り買いしたりして、
レベルアップや クエスト消化とするのを基本とし。
その他、仮想現実世界での出会いや生活も送れるという、
それはそれは夢と希望のあふれる楽しい世界への冒険ゲームであるそうで。
(こ、こんなもんで間違ってませんかね? ドキドキ)
こちらでは、それを悪魔に置き換えてのこと、
ゲーマー自身の代理となるキャラを操作し、
戦いでレベルを上げつつ、
ファンタジーな世界を駆け回るというのが基本のコンセプト。
それと並行し、プレイヤーのリアルな声も
テキストアップしてのチャットが出来るので、
遠隔地に居る知り合いと、ともに戦うことで友情の和を広げられた、
オンライン形式バーチャルゲームの先駆けでもあって。
その昔、やったことはなくともドラクエという名前は広まっていたように、
ポケモンという名前が英語やフランス語圏でも通じるように、
それはそれは大ヒットしているゲームだ…とはいえ。

 “高校生の女子の人だから、微妙ですよね。”

いくら 今時は女の子にも熱心なゲーマーがいるとはいえ、
知ってはいても やってまではいないかも。
いやさ、パン職人目指して青春している彼女では、
PCを遊びに使うところまで、発展させてはないかも知れぬ。
あくまでもパンの出来に惚れたなのであり、
形から入った訳じゃなし、
イエスが例えば どんなにだらしなくとも頑迷でも、
そのくらいじゃあ 一々めげないかもだけれど。
まさかまさか、師と仰ぐと決めたお人が、
自分ほどの情熱もないまま、
パン種に向かう時間よりも
PCの中の世界で駆け回っている時間の方が長いだなんて…と、

 “辟易してくれれば、重畳なのですが。”

ハクサイとタケノコ、ニンジンに、
モヤシにキヌサヤ、チンゲンサイ、
シイタケも入るという具だくさんな中華あんかけ風煮と、
インゲンのごま和え、
ほうれんそうの半熟卵とじを目指している手は止めぬまま、
さあ頑張ってね、イエスと、
肩越しに応援の眼差しを送ったブッダだったものの、

 「……。」

手際よくPCを立ちあげ、
ゲーム画面へログインしているイエスを、
同じ卓袱台に着いたまま、
傍らから 声もなく見やっておいでのさん。
さすがに幻滅してのこと、まずは失点1かなと。
本来だったら喜べないこと、
でも今は、それをこそ招きたくての
ともすりゃあわざとらしくも、
指と指とを組み合わせ、手のひら開いてストレッチなんていう、
いかにもなウォーミングアップの振りまでしていたところが、

 「…あの。」

今日も抱えて来たトートバッグをお膝へ引き寄せて、
もしかして、早くも“忘れてください、失礼しました”と
表へ飛び出して行くのかなぁなぞと思っておれば、

 「今使っているキャラを、
  そのまま使わせてもらってもいいでしょうか?」

 「は?」
 《 え?》

少々腰が引けてるような態度を取っていたのは、
何を隠そう、

 「あの、結構やり込んでいるキャラなので、
  もう中級レベルのHPとか装備とか持ってるんですよね。」

それでは修行にならないかなぁと思ったんですが、
あのその、構いませんか? それともレベル1からの参加し直しでしょうかと、
そこのところで逡巡していたらしいとあって。

 「ああ、いえ。せっかく育てたプレイヤーをリセットだなんて。」
 「良かったぁvv」

見るからにホッとすると、
バッグから取り出したのが、そちらさんも随分と使い込まれたノートPC。
師匠のイエスのお隣でそれを広げ、
そちらさんは指先スクロールで設定からログインまでを済ませる、
なかなかの巧者だったりし。

 “あれまあ…。”

まずはの入り口では難無くクリアされちゃいましたかと、
お野菜の数々を一糸乱れぬ包丁さばきで切り分けながら、
地デジを受信するのと同じような要領で、
脳内画面へ彼らの飛び込んだ世界を眺めることとしたブッダ様。
時々は彼も参加するようになった、
そりゃあ広大な緑の平原は、
平日の昼前だというに結構ちらほらと既に人がいる。
そんな情景をぐるりと見回してから、弓兵装備のイエスを見つけ、
意識だけふわりとすぐ傍らへ寄り添えば、
一緒にログインした筈の の姿が……

 《 あれれ? ちゃんはどうしましたか?》

 《 うん。
   それが、微妙に違うところでプレイしていたらしくてね。》

ゲーム内世界での会話だからとはいえ、
ブッダの側だけがテレパシーというワケにも行かぬ。
今の今、平原の遠いところにいるらしいのは、
あくまでも“のアバターが”なのであって、
現実世界じゃあ、同じ卓袱台の隣り合わせという至近にいる同士。
いきなり、誰もいないのにテキストをだだだっと打っても妙なものだし、
声に出しての会話はもっと妙と来るから ややこしい。

 「ちょっと待ってて下さいね。」

かたかた・かたたと キー操作も軽快に、
何やら手順を踏んでの
イエスが立っている辺りまで駆けつけようという段取り中だそうで。

 “確か、移動というと…。”

自前の足で走るのが基本だが、
広大なフィールドは国単位レベルで地域別に区分けされていて、
そのそれぞれの地方で独自のイベントが催されていたり、
はたまた、レベルアップのためのクエストが多数用意されてもいる関係で、
端から端まで移動するまでのレベルとなったら使えるツールに、
飛行船だの汽車だのというのも用意されており。
そういうものを使えるほどには、
既に冒険をこなしておいでのお嬢さんだったということになる。

 《 う〜ん、ゲーマーとして意気投合しちゃったりして。》
 《 それはそれで構わないんじゃない?》

微妙に凛々しさが増しているグラフィックのイエスが
何をどう困っているやら、顎に手をやり感慨深い声を出すものだから。
出来ないパン焼きから離れてくれるのなら、それも良いと思うけどと、
直接の加勢は出来ぬ身のブッダが宥めるように言い諭しておれば、

 【 あ、イエス様、此処においででしたか。】
 【 こんちはッス…って、あれ? もしかしてブッダ様も?】

甲冑の戦士と魔法使いらしい二人連れが現れて、
動き出さないままの弓戦士へと親しげな声を掛けて来る。
いかにも場慣れしている彼らは、実はやはり天世界の存在で、
イエスの12人の弟子たちの筆頭組、
ペトロと弟のアンデレ…の操作するアバターであり。

 《 こんにちは。ですが あのその、私は此処にはいないことに。》
 【 あ、そうでしたね、サーセンっした。】
 【 そうだぞ、迂闊だぞ、兄さん。】

は 今のところ
自分のいる画面に集中しているらしかったけれど、
これが同じ画面の中であったらば、
居ない存在への語り掛けなんて、???と不審を覚えるに違いない。
こんな手短な言いようで話が通じているのも、
昨夜のうちに打ち合わせをしてあったからで。
同じほど熱中する知り合いがいるほど、
ネット世界に通じてい過ぎの師匠では、
閉口しちゃうんじゃなかろうか。
一体いつになったら学べるものかと
評価の度合いもだだ下がるかもと見越してのもの。
微妙に地道な作戦ではあるが、
肝心要のイエスに演技の必要がない舞台だというのが打ってつけだと、
ブッダはもとより、ペトロもアンデレもすぐさま大乗り気となったものの、

 『それって…どういう意味かなぁ。』
 『あっ、いやあのっ。』
 『違うんだ、イエス様っ。』

さんをノックアウトする前に、
イエスが倒れそうに青ざめたというのも…此処だけの話だが。(苦笑)

 【 で、そのお嬢さんてのは、何処に居るんすか?】

まったくまあまあ、
こんなややこしい段取りになっているとは、
お二人とも本当にお優しいとの苦笑も絶えぬまま。
ドクロの意匠を連ねた首飾りがダークな雰囲気を醸す
黒魔術師なのか、アンデレが周囲を見渡しておれば、


 【 お待たせしました。】


会話のためのテキストボックスが、
正に不意打ちのタイミングで開いたものの、
え?え?と 居合わせた一同は慌てるばかり。
3人も居合わせたのに
何処からか駈けて来たらしき彼女に
誰も気づかなんだとは不覚もいいところだったからだが、

 【 え?】
 【 あっ!】
 【 …何だこりゃ。】

平面を水平に見渡しても無駄だった。
何しろ彼女は、平原を空から渡って来たのだから……。








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 *良く良く知らないのにゲームを織り交ぜようとは、
  何とも太てぇ奴です、すいません。
  ルールとかキャラ設定とか
  随分と間違ってるかもですが、どうかご容赦を。
  長くなりそうなので、後半と分けますね?

 *それとは別に、
  油断するとブッダ様が 敬語というか
  “です・ます”口調になるのが困りものです。
  もしかして怒ってる?と、
  イエス様が怖ず怖ずと聞いてたりして。(う〜ん)

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